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株式会社 アルファーアソシエーツ 公認会計士 行本憲治さん

株式会社 アルファーアソシエーツ 公認会計士 行本憲治(ゆきもとけんじ)同友会会員
 
中央区支部では新人紹介の例会もあり、5月にお話くださいました。
詳しくは中央区支部例会報告をどうぞ。
http://www.doyu-ginza.com/report/index.php
新人とはいえ、いつの間にかすっかり中央区支部の顔として活躍されている行本さん。
親しみやすい笑顔で昼食会や例会を和ませてくださいます。
世界四大会計事務所の一つプライスウォーターハウスクーパースに35年、新日本監査法人3年勤務後独立。

公認会計士になったのは黒塗りの車の持ち主がきっかけ
KAO:
行本さんの笑顔は本当にホッとします。人を引き込んでしまいますね。ですから最初公認会計士とお聞きした時にとてもギャップがあったんです。公認会計士にはとても固いイメージがありますから。


行本:
よく言われますよ(笑)以前大きな組織にいた時も変わり者だったとは思いますね。でも公認会計士と言っても実際は多彩でね、話をしだすとそれぞれ個性が豊かです。
ただやはり仕事の性質上、粉飾決算など、人の嘘を見抜けないと社会の期待に応えられない部分がありますから、徹底して監査という仕事に専念している人ほど、普段もそう言ったコミュニケーションの仕方を普段もしてしまうということはあるかもしれません。当然目が鋭いとか、人の話を真に受けない、話を聞きながらほかのことを考えている、とかはあるでしょうね。


KAO:
確かにそうですね。会計士としての行本さんが誕生するきっかけをお聞きしたいのですが。


行本:
そうですね~。中学生の時、僕は家の車の掃除係だったんですよ。というのは、父親がちょっとした商売を営んでいてその車が一家の飯のタネだったからなんですね。当時は団地の4階に住んでいて何回もバケツを持って往復するのがとても大変だった。夏なんかクラクラして来ちゃってね。そのころはそんなに自家用車がある時代ではなくて、駐車場にも4,50台が止まっている状態でした。
そういう中で一台だけ黒塗りのクラウンが止まっているんです。いったいどんな人が乗ってるんだろうと思ってね。それが公認会計士だったんです。


KAO:
汗をダラダラ流して、バケツを持って往復していた時に見たクラウンは強いインパクトがあったんでしょうね。車に釘付けの行本少年の顔が見えるようです。


行本:
でね、公認会計士ってどんな仕事だって友達に聞き回ったんですよ。そしたら一つだけわかったことがあって、社長相手に話をしている人らしいと。それはすごいと思ったんですよ。子供心に社長はエライ人だと思っていますから、資格を持ってその人と対等に話せるなんてすごいなーと。


KAO:
そしたら、そこから会計士へ一直線ですか?


行本:
大学受験は商学部を選びましたから、少しは頭に残っていたかもしれませんね。大学に入って簿記を勉強したわけですが、全然面白くないわけ(笑)こんなもの勉強するもんじゃない!と会計系は単位はとったけどそのあとは放り投げてしまってね。専門は「経営数学」でこれは面白かった。
でもね、はっきり言ってこれは商売にはなりません(笑)金儲けには繋がらないんですよ。


KAO:
往々にしてありますよね。勉強は面白いけれどお金儲けには繋がらない。では、その時点ではまだ会計士になろうとはしていないんですね。


行本:
僕は団塊の世代でね、全共闘が盛んな時代。大学は封鎖されて実質3年しか行っていないんですよ。マルクス経済学をやる大学だったので運動する学生も多くてね。ある意味、左翼系に偏っていたので、もう少し右翼系、近代経営学をもう少し勉強したくて右系の国立大学に入り直しました。
そこでまた数学関係をやってみたんですよ。ところが、就職の段階になって大学に残ろうとしたら、優秀な学生ばかりでこりゃー自分にはチャンスがない、諦めてシャバに出ようと。そして何をしてメシを食うかと思って就職先をさがしたんですが、文系はあまりないんですよ。
 
そして、思い出したんですよ。そうだ自分は公認会計士になるんだったと。


KAO:
ああ、そこで思い出したんですね。


監査法人で経験したこと ~仕事の面白み~
行本:
それから勉強しだしてね。外資系の会計事務所(プライスウォーターハウスクーパース)に入り、そこからが公認会計士の人生のスタート。
実を言うと会計監査はあまりやりたいとは思ってはいなくてね。しかし、公認会計士の試験は3回あって、3回目の試験は実務の経験がないとダメでね、試験に通るためには監査の仕事は必須条件なんです。監査の仕事は避けられないというところで腹を決めましたね。
監査の仕事が一番の収入源ということもありましたが、これもひとつの勉強と。それからなんと38年くらいも監査業務中心で来ました。やりたくないと言いながら面白いものですね。


KAO:
人の人生は面白いですね。ちょっとしたことが人生を決めていく。この仕事の面白みとはなんでしたか。


行本:
その間、野村証券に3年ぐらい出向した時期があるんですよ。中堅企業のアドバイザー業務をやったんです。経営のアドバイスそのものもあるし、税金のアドバイスももちろんあるんですが、野村證券のお客様は大きな会社も多かったもので、株式公開したい会社へ公認会計士がアドバイスすることも多くありました。
で、監査法人へ戻ってからは、株式公開したいマーケットを中心に仕事をしました。ある時は会計監査もやりますし、ある時は株式公開の審査にあげるための社内整備を指導する仕事になりましたね。


KAO:
仕事の流れが大きく変わったようですね。


行本:
金融庁へ提出する監査の書類にも自分の名前を記すんです。事務所の名前だけじゃ通らないんですよ。


KAO:
責任の重い仕事ですね。38年やられてみてどうでしたか。


行本:
38年の日本経済のインパクトが個々の企業にどんな影響を与えていったかというのを、真横でずっと見てきましてね、よくこれだけ世の中変わったなという実感がありますね。
まず、情報のやり取りの道具が立派になったでしょ。この進化のスピードはすごいなと。テクノロジーは思い切り変わりましたよね。自動車もそうでしょ。文明の進化はすごいですよ。
しかし、使う道具や会計基準も変わったんですが、その背景には人間がいるんですよね。企業というのは人間が企業の中に存在して、コミュニケーションをとっている。その本質は変わってないなと思うんですよ。裏を返せば人間たいして変わってないなとね(笑)


行本:
僕らの仕事はひとつの会社に携わったら5年くらいはお付き合いすることになるんです。決算書を通じていろんな人にいろんなことを質問できる権限が僕らにはあって、それに相手も真面目に答えてくれるんですね。だから5年間の会社の変遷、業績はどうかとかどんな事件が起こったかとか、
見ることができる。業種もいろいろで、会社の規模も違えば、風土も違う。トップに立つ人の考え方も違う。その人たちの活動状況を見る、あるいはコミュニケーションをとる。そこで自分は相当すごい経験ができたんだなという実感はありますね。
この仕事を通じてそれができたということは運がよかったなあと思うんです。


KAO:
それは行本さん自身にはどんな影響がありましたか?


行本:
んー、(ちょっと考えて)組織の上に立つ人の悩みとか問題点とか見る機会が多かったので、人のことは判断がつくんだけど、自分となるとねー、どうかな。自分で言いながら、これはどういうことだと思ったんだけど、たぶん、自分自身の本質は変わっていないんだろうなと。結局いろんな体験を通じて、物事を判断する視点は養われたし、多面的にものを見ることは出来てきたと思うんだけど、本質は中学生のころの自分と変わってないなと。人間としては、きっとその時のものを持ち続けていると思います。結論は、人間は変わらない!(笑)


KAO:
行本さんが公認会計士になられるきっかけはちょっとしたことだったと思うのですが、もし、中学生の時に出会った黒塗りの車の持ち主が大会社の社長だったとしたら、行本さんは社長になろうと思ったんでしょうか。


行本:
うーん、それはどうだったですかね~。公認会計士は、社長でないもので社長という人に接しられるというのが最大の魅力だったかもしれないですね。
ああ、もう一つ思い出しましたよ、公認会計士になった理由。母がね、お前は資格をとれ、公認会計士とかいいぞと耳元で囁いたんですよ。親戚筋から聞いたのかもしれませんね。


KAO:
それで公認会計士になってみて社長と接しられていかがですか。


行本:
社長、役員クラスと話し込むことはずいぶんやりましたね。


KAO:
普通はやらないんですか?


行本:
必要なときにはやるけど、それ以上のことはやりませんよね。僕の場合は、当社の営業の勘所は何ですかとか、どうやって利益上げているんですか、ほかの会社も同じことをやってますよねとか、自分が関心のあることを質問するんですよ。相手も監査人に質問されるなら慎重に答えるんだけど、そういう質問ならフリーに話せるんですね。


KAO:
ああ、公認会計士と話してるのではなく、行本さん個人とのコミュニケーションになるみたいですね。


行本:
そうなると、先方もこれを話してこの人に悪用されることはないと思うらしいんですよ。信頼関係がそこで生まれるんです。本当にいろんな話を聞かせてもらいましたね。そうするとね、自分の引き出しがすごく増えてくる。誰かに何か相談された時にこんな見方もありますよ、と答えられる。
実は誰かの受け売りだったりするのだけどね(笑)ポイントをつくアドバイスができるようになったということだと思います。とっさに出てきますからね。それをずっとやってますね。だから、新人紹介の5月例会の時に司会の藤原さんに「行本さんは知見の人ですね」と言われてすごく嬉しかった。自分の引き出しを認められた気持ちがしましたね。


KAO:
そうすると、38年間、実は引き出しを増やしていくことをされていたんですね。


組織を卒業してこれからやりたいこと
行本:
そう言う意味ではそうかもしれないですね。監査法人も自由にそれをやらせてくれてました。
今はかなり難しいことですけどね。かなりの変わり者だったと思いますよ(笑)
同友会に入ったのは半年前だけど、2年前に組織を卒業してフリーで仕事を始めて、残る人生はそういったこと(引き出しの多さ)がお役に立てればいいかなと思っているんです。


KAO:
行本さんのお話が面白いのはいろんな人の話を聞いているからなんでしょうね。


行本:
興味があるから残るんですよね。何でも知っているワケではないけれど、ひとつの話で何かパーンとつながるのね。


KAO:
公認会計士という冠をかぶらなくてもいい人生がこれからが始まりですね。本当にやりたいことを提供して人に喜んでもらえるという・・・


行本:
そうですね、そういうイメージを持ってこれからの人生かかったほうが僕のためにもいいかも知れないね。これから10年はせめてボケないようにしたいね。


KAO:
これからの人生、もっとすごいことが起こりそうですね。


行本:
まだ家族のためにも働かなきゃいけないからね。そういう生き方をイメージしていきたいですね。


KAO:
どうもありがとうございました。


インタビュー所感
行本さんとお話していると、とてもテンポがいいんです。ポンポンといろんな話が飛び出します。引き出しの多さとはよく言ったものですね。もっともっと聞きたくなりました。
記事にはできませんでしたが、行本さんは岡山生まれの大阪育ち。大阪のプライドも十分にお持ちのようです。実際の行本さんにお会いになってぜひお話を聞いてみて欲しいです。

川添 香(かわぞえ かおる)

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